白湯のブログ

若手(だと信じている)臨床検査技師が思ったこと・勉強したことをつらつら書くブログです。

見慣れない検査項目に新しい医療の風を感じた話。―NUDT15遺伝子多型検査―

 

個別化医療」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

 

個別化医療とは、一人ひとりの体質や病気のタイプに合わせた治療を行うことを言います。

従来の医療では、同じ病気と診断された患者さんには同じ治療が行われてきました。しかし、患者さんの体質や病気のタイプによって同じ治療法でも効果や副作用の現われ方に差があることが分かりました。

近年の研究により、こういった差異に関係する遺伝子などが次々と明らかになってきており、これらを標的とした検査も続々と登場しています。

その検査結果を受けて、効果がより高いと期待でき、副作用がより少ないと見込まれる薬や投与法を選択することが進んできています。*1

 

 

今回は個別化医療に関わる検査の一つであるNUDT15遺伝子多型検査について書いてみます。

 

Nudix hydrolase 15(NUDT15)は、チオプリン製剤という薬剤の代謝に関わる酵素の一つです。この薬剤は炎症性腸疾患(IBD)や急性リンパ性白血病(ALL)などの治療に広く用いられています。

 

日本人を含む東アジア人では、このチオプリン製剤を投与したあと早期に重篤な副作用(重度の白血球減少症や全身脱毛症など)を生じる場合があることが報告されていました。

近年、その重篤な副作用の発症とNUDT15の遺伝子多型との間に強い関連があることが発見されました。

 

NUDT15はチオプリン製剤の薬効を示す活性型分子の代謝に関与しており、その遺伝子多型により酵素活性が大きく変化します。

特にこの酵素の139番目のアミノ酸がアルギニンからシステインに変化する遺伝子多型を持つ場合、その酵素活性が著しく低下します。

そのため、139番目のアミノ酸システインホモとなる患者さんでは、チオプリン製剤の活性型分子の分解が抑制され、薬効が強く出すぎることで重篤な副作用を発症するリスクが高いことが報告されました。

この遺伝子多型を検出する検査法が開発されたことにより、チオプリン製剤投与時の重篤な副作用の発生を予測することが可能となりました。

 

日本人3,554人のゲノム解析をした研究結果によると、アルギニン→システインに変化するアリルが10.5%、アルギニン→ヒスチジンに変化するアリルが0.7%の頻度で確認されたそうです。

ただしこの頻度はヘテロの人も含むため、10人に1人がチオプリン製剤で重篤な副作用を来たすわけではありません。日本人でのシステインホモの割合は1%程度との報告があるそうです。*2

 

チオプリン製剤はIBDとALLに使用される、とのことですが、一見関係なさそうな疾患なのに同じ薬剤が使用されるのは面白いですね。

作用機序は核酸合成阻害だそうですが、名称から推測するに細胞内のプリン塩基と競合することで核酸合成を阻害するのでしょう。*3

 

NUDT15遺伝子codon139多型検査」は2019年2月から保険適用となっています。*4

私の職場でもチオプリン製剤投与後に強烈な骨髄毒性が生じたALLの患者さんがいて、この検査でシステインホモであることが分かった事例がありました。

これ以降、この患者さんは標準投与量から減量して投与をすることになり、以前ほど深刻な副作用が発生することはなくなったようです。

この検査の導入により、従来では経験的に行われていた治療方針の変更が根拠を持って行えるようになったわけですね。まさにEvidence based medicineを体現しているなぁ、と医学の進歩を感じました。

 

 

NUDT15遺伝子多型検査。今まで馴染みのない検査でしたが、深掘りすることで新しい医療の風を感じることが出来ました。

個別化医療がどんどん進歩していくことで、将来的には個人の全ゲノム解析により"完全オーダーメイド"な医療を提供する時代になるかもしれませんね。

 

以上、白湯でした。

 

 

*1:個別化医療については中外製薬のサイトが分かりやすい。CMで「遺伝子」を全面に出しているだけある。

*2:参考:

チオプリン製剤の重篤な副作用の予測に有用であるNUDT15 Arg139Cys遺伝子多型を検出する世界初の体外診断用医薬品(MEBRIGHT NUDT15 キット)の開発に成功 | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構

*3:これは私見ですが、おそらくこの製剤は適切に投与量を調節することで白血球、特にリンパ球に強く作用するのかな、と思いました。なのでリンパ球増殖阻害によりALLに、リンパ球の機能低下→免疫抑制によりIBDに効果を示すのかしら、と勝手に納得しました。薬理学は完全に素人ですので詳しいことは分かりませんが…。

*4:2019年2月時点では難治性のIBD、ALLおよび治療抵抗性のリウマチ性疾患のみの適用でしたが、2019年11月からは自己免疫性肝疾患も適用となったようです。参考:

NUDT15遺伝子検査が自己免疫性肝炎に対して保険適用になりました|難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究|厚生労働省難治性疾患政策研究事業